SF考証とはなにか

最近の視聴者はSFに厳しい

TLで彼方のアストラに対するレビューが辛辣で「これが日本でSFが廃れた理由では?」という考察がされていたので、自分の考えるSF考証について再度考えることにしてみました。

SFとはなにか

サイエンス・フィクション(英語: Science Fiction、略語:SF、Sci-Fi、エスエフ)は、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称。メディアによりSF小説、SF漫画、SF映画、SFアニメなどとも分類される。日本では科学小説、空想科学小説とも訳されている(詳細は呼称を参照)

Wikipediaには「科学的な空想にもとづいたフィクション」とあり、これがぼくの認識とも一致します。

しかしこれでは大雑把すぎてもうちょっとわかりやすい基準が欲しいです。これについてはと学会の元会長の山本氏の説明が昔自分が読んですごくわかりやすかったので紹介します。

おばけがでてきて、
・怖がるのがホラー
・友達になるのがファンタジー
・解明するのがSF

当時のぼくはこの説明をきいてああなるほどとなって今でもこの表現を引用するくらいなのですごくわかりやすいと思います。

SFは細分化されている

では逆にSFときいてあなたはどの作品を思い出すだろうか?

まさか銀河鉄道999や宇宙戦艦ヤマトをSFと言い出す人はいないだろう。

あれは確かに宇宙をモチーフとした作品だが、銀河鉄道999に関してはファンタジー(どちらかというと寓話・童話に近い)感じだし、宇宙戦艦ヤマトはSF的要素はあるもののやはりどちらかといえばファンタジーに近い。

別に本記事ではヤマトや999がSFでないからといって批判するつもりは毛頭ない。

問題は何故「両作品がSFでない」とぼくが判断したかということである。

宇宙戦艦ヤマトの場合

宇宙戦艦ヤマトはもともとは撃沈した戦艦大和にイスカンダル星から提供された波動エンジンの設計図で復活を遂げた戦艦です。

ヤマトを知らない人のために簡単にあらすじを紹介しておきます。

  • 地球がガミラス帝国により侵略を受けていた
  • ガミラス帝国は高い科学力を持っており、地球は手も足も出ない
  • 放射能汚染で人類滅亡まで残り一ヶ月になっていた
  • 火星に不時着した宇宙船から通信カプセルが発見される
  • 通信カプセルは14万8000光年離れたイスカンダル星から送られたもの
  • カプセル内には放射能汚染を除去するコスモクリーナーを取りに来ることと、そのために必要な波動エンジンの設計図が入っていた
  • 地球人は戦艦大和に波動エンジンを積んでコスモクリーナーを取りにいく

さて、まず純粋 “SF” の観点からいえばいきなりこの設定には無茶があるわけです。

14万8000光年って光の速さで移動しても14万8000年かかるってことだよね…

地球滅亡まで1年しかないのに全然間に合わないじゃん…

というか、80光年くらい進んだところで乗員が全員寿命で死んでしまうのでは…

これは由々しき事態で、80光年しか進めないということは全行程のたったの0.027%しか進んでいないわけです。

締切になって上司に「どこまで完成した?」ときかれて「0.027%です!」なんて答えてたら普通はクビですよね。

あ、でも光速に近い速度で移動すれば時間の進みが遅くなるって物理で習ったよ。

実は特殊相対性理論によれば移動している観測系では静止している観測系に対して時間の進みが遅くなります。それは以下の式で与えられ。光の速さに近づけば近づくほど時間の進みは遅くなります。

ローレンツ変換

では地球(静止系)の14万8000倍の時間の遅れを体感するためにはどのくらいの速度をだせばいいでしょうか?

これは二次方程式を解けばいいだけなので、実際に解いてみると必要な速度は光速の99.999999997%となります。

実際には往復で一年なのでこのスピードだと片道一年かかってしまうが、まあとんでもない速度が必要ということがわかってくれればそれでいいです。

これだけの速度に加速するには地球上のエネルギーを全てつぎ込んでも全く足りません。なので、既存の物理学でこれを説明するのは非常に困難なのです。

そこででてくるのが超文明(イスカンダル)による波動エンジンというわけですね。

超文明による原理不明な超科学でものすごいエネルギーが得られると考えれば不可能ではない!

つまり、そういう現代科学では説明できない科学を受け入れるということです。この手法は全てを現代物理学やその延長だけで構成されるような純粋SFでは使うことができませんが、SFとはもともとフィクションなのですからそういう仮定を置くこと自体に何も問題はありません。

というかむしろ、何の説明もなしに亜光速で宇宙船を飛ばす方がツッコミを受けます。

じゃあ波動エンジンを認めれば体感時間一年で往復できるし問題は解決したのでは?となるのですが、実はここまでの議論には大きな問題点があります。

これ、移動系における時間の遅れの話じゃん…

あ…

つまり、ここまでの議論で話していたのは光速で移動しても往復約30万年かかるが、非常に早く飛べば特殊相対性理論により時間が遅れるので莫大なエネルギーを投入すれば往復一年で移動するのは理論上不可能ではないということでした。

ところがこれは移動している(ヤマトに乗っている)人間の体感の話で、宇宙船内で一年が経過して戻ってきたときには地球ではちゃんと29万6000年すぎているのでとっくに人類は滅亡しているというわけです。

万策尽きたかと思われるのですが…

これも全て波動エンジンで説明が付きます!!

波動エンジンは、宇宙エネルギーを超光速のタキオン粒子へ圧縮変換して動力とするために通常空間における事実上の無限動力機関であり、同粒子が反動推進剤をも兼ねるために航続距離も無限大である。その能力は光速を超えさせることすら可能であり、地球の科学技術力では机上の理論止まりであったワープ航行の実現に大きく貢献した。

宇宙エネルギー、タキオン粒子など現代物理学では扱いづらい言葉が飛び交いますが、要はワープ航法が可能になったということです。

(超高速)ワープ航法に比べれば光速の99.999999997%の移動速度なんてあってないようなものです。だってワープができれば距離なんていう概念はなくなるんですもの。

要は今までは29万6000光年離れた遥か彼方に冒険しにいくという壮大なストーリーが、隣の家に回覧板を取りにいく程度の日常の話まで落とし込むことができたということです。

SF考証フローチャート

長々と書きましたがここまでの流れがぼくが行っているSF考証の大雑把な内容です。

フローチャートで表現すると以下のような感じになります。

結局の所大事なのはいろんな仮定をおいてもいいが「致命的な矛盾がないか」というところに尽きると思います。

というのも仮定を置かないと物理的説明ばっかりで堅苦しくつまらない話になりがちだからです。

無論、スペースオペラ映画に「光より速いものはありえない」とか文句つけたり、怪獣映画に「巨大怪獣なんて存在するわけがない」なんて言うのは無粋だよ。オカルト映画に対して「幽霊なんているわけない」なんて言うのも同じ。物語の基本設定に対しては「そういうものだ」と納得するのが正しい態度。

だから『君の名は。』も、人格の入れ替わりという基本設定に対しては文句つけない。そうことが起きるという前提の話なんだから。でも、あの彗星の軌道は違うよね? 物理的に正しい軌道を描いても物語は成立するよね?だったら何で正しい軌道を描かなかったの?

山本氏のツイートより

この山本氏のツイートが真に的を射すぎていてこれ以上ぼくが説明するのも無粋でしょう。

もちろん、人間が架空の世界を想像しているのですから科学的な表現などのミスはあっても仕方ないです。それが許容できるレベルか、そうでないかということです。

純粋SF

素人的にはSF界不朽の名作って2001年宇宙の旅だと思っているんですが、SF界の方々のご意見がききたいです。

セリフとかほっとんどないので吹替版でも字幕版でもあんま変わらんだろっていう気がする(失礼)のですが、やっぱり個人的には字幕版を見ていただきたいです。

しっかりと見たわけではないのですが、ブレードランナーもSFファンと友達からよく勧められます。

小説だとハイペリオンとかは純粋SFという感じがします(間違っていたらごめんなさい)

あとは日本のアニメでいうとプラネテスなども純粋SFな気がしますね。

純粋SFでは超科学は使うことができないので現実的な未来かしっかりと科学的検証を行って致命的な矛盾がない世界しか描くことができません。

なのでとんでもない現象が起きたりしないので安心してみていられるという側面はありますね。

物語後半に出てくる電脳世界(多分精神世界的なものなのだと思うのですが)の扱いがちょっと怪しい気もしますが、純粋SFに入れておきます(個人的な主観入り)

見てた頃はヤサコより年下だったのに、見るたびに年とったなあって思いますね。

SF

ある種の仮定をおいた上で、超科学が成り立っている世界観を基盤とした作品のことをぼくはSFと呼んでいます。

有名な作品でいえばとある魔術の禁書目録などがあるのではないでしょうか。

当たり前ですが現実世界に魔術はありませんし、シュレディンガーの猫の原理で超能力が人間に発現することもありません。ただ、そういう世界観を設定した上でも矛盾なく物語はつくれるはずです。

もちろん、実際にはないものを仮定しているので純粋SFではありませんし、ありえないものを前提にしている以上矛盾が発生しやすいです。それらを一つ一つツッコミを入れることは可能ですが、それくらい受け入れられる器の大きさをもちましょうということですね。

シュタインズゲートなどもSFとして有名な作品ではないでしょうか。

エル・プサイ・コングルゥが「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」を元ネタにしているというのはここだけの秘密だ。

他には新世紀エヴァンゲリオンなども挙げられるでしょうか。

先に断りをいれておくとエヴァンゲリオンという人造人間を人類が内部から操作するというのは科学的に不可能なことではないと思います(もちろん現代技術では無理だが、理論上の話として)

なので設定の深さからいうと純粋SFに近いものがあるのですが、謎の原理で空をとんだりする使徒などをみているとどちらかといえばやっぱり通常のSFなのかなという気がします(もちろんそれが悪いことではない)

紹介が長くなるので名前だけ挙げておきますが、ソードアート・オンラインもSF作品ですね。

しかもここに挙げたSF作品の中で最も矛盾がなさそうな作品であるともいえます。

仮想世界で~という前提があれば大半の無茶なことはできてしまうからですね。そういう意味では純粋SFっぽさはあるのですが、仮想世界というのはSFでの(禁じ手の)ジョーカーみたいなものなのでSFとして扱いました。

疑似SF

SFというジャンルでないのですが、例えば名探偵コナンなどが似非SFになるでしょう。

細胞のアポトーシスによって身体が縮んだというのは謎の力で身体が縮んだというよりは説得力がありますし、これがまさにSF的な設定だというのはわかるのですが大きくなった身体が小さくなったときに「差分の体積はどこいった!?」ってなるわけですよね。

ただし、これは名探偵コナンがSFだった場合の話で、実際には皆さんご存知のように名探偵コナンは推理モノなのでこの手のツッコミは無粋というわけです。

先程上で例を挙げた宇宙戦艦ヤマトは似非SFだと思います。

波動エンジンがあれば大抵の現象には説明がつけられるのですが、変に設定を細かくしてしまったために惑星の周期が変になったりして矛盾が多くなったのがマイナス要因かと。

彗星帝国とかもなんじゃそりゃってなった(話自体は面白いのでこの映画はぜひ見て欲しい)のでSFとはちょっと違う気がします。

一番の問題は宇宙船が常にお互い向きがあっていることと、煙が何故か上に登っていくこと(宇宙の上ってどっちだw)

思うに、疑似SFってSF的な設定をおいているけれどその設定が甘くて実現不可能なときに使う言葉な気がします。

ファンタジー

疑似SFとファンタジーの境目というのは難しいのですが、作品としてどっちの傾向があるかということで判断することになります。

別にぼくがファンタジーを思っている作品を他の誰かがSFだと思ってもそれは全く構いません。個人的な尺度の問題なので。

その観点からいえば放課後のプレアデスはSF寄りのファンタジーなのかなあという気がします。

例えば放課後のプレアデスでは0.25光年先の星まで向かうエピソードがあるのですが、100%ファンタジーの話であれば説明不能な魔法なりで一瞬で移動しておしまいなわけです。

純粋SFであれば重力航法などでいろいろ計算して実現のためには何年かかる~みたいな話をして、頑張って代替案や別の手法を考えます。

ところが放課後のプレアデスはどちらでもない手段でそれを達成しました。

一本で光速の90%まで加速できるエンジンを五つ並列に繋いで光速の99.999%まで加速しようという企みなわけです。

ちなみに光速の90%まで加速できるエンジンは作中で解説されない謎の魔法的な力を利用しています。

魔法を認めるならワープしちゃえばいいのに…

と思うのですが、国立天文台などの協力も得ている放課後のプレアデスは敢えて回りくどい方法を使ったんですよね。

この変に律儀な設定がぼくはとても好きでした。

光速の90%のエンジンを五つ並列すれば99.999%で飛べる

一見すると光速の90%で飛べるエンジンを五つ並列すれば450%で飛べそうな気がするのですが、そうではありません。

高校物理で習った方もいると思いますが、速度を倍上げるのにはエネルギーは四倍必要だからです。

となると、450%のエネルギーで可能な速度は4.5の平方根なので…

光速の約212%??

あれあれ、なんだかおかしなことになってしまいました。

光の速度って超えられないんじゃ…??

実はココにも物理学の理論があるんよね。

ニュートン力学においては速度の加算は単純な和で求められましたが、相対性理論によると二つの物体の速度の加算は以下の式で求められます。

日常的な速度では分母の第二項が計算上ほとんど0なので無視しても問題にならなかったということですね。

なんでこんなことが起きるのかというと光の速度に近づけばエネルギーが速度よりも質量に変わってしまうからなのですが、詳しくは記事がすごく長くなるので割愛します。

例えば、仮に移動する人物が高校生女子の平均体重である52kg程度だとしても光速の90%で加速すると約2.29倍の120kgになります。

重くなるので加速させるのに必要なエネルギーが増えるというわけですね。

じゃあ光速の99.999%に達するのにどのくらいエネルギーが要るかというと、90%に加速させるときの約100倍必要です。

あれ、これは五本じゃ全然足りないですね。少なくとも百本はないとエネルギーが足りません。

というわけで五本では99.999%では飛べないことがわかりました。まあでもこれは登場人物が五人なので数字の見た目の美しさを優先したと考えるべきでしょう(この大雑把さがSFではなくファンタジーたる所以なのだが)。

光速の99.999%で飛べば0.25光年は半日ほど

作中でこういう会話が出てくるのですが、本当に正しいか確かめてみましょう。

実際に計算してみると、99.999%で移動すれば時間の進み方は静止系に比べて0.00447倍程度になるようです。

となると移動系が体感するのはおよそ0.4079日となり、半日ほどという計算と合致します。

この無駄に科学的に正しい設定、ほんと好き。

彼方のアストラはSFか?

アマゾンのレビューを見てみました。

・謎の亜空間ゲートで飛ばされた先は、遙か彼方の宇宙空間。惑星の周回軌道で、同じ軌道には真新しい無人の宇宙船が。文字通りに天文学的な偶然。確率的に見て、どう見ても誰かの作為だろ。パイロット免許を持ってる奴までいるのに、なんでそこに気づかない。
・数十年以上、メンテもせずに放置されていた老朽艦が、動力も生きてるし呼吸可能な空気も備蓄されてるし、ほとんど故障もなしで修理もせずに動かせる。しかも自己修復機能だとかの便利アイテムはない。
・幽霊宇宙船の乗組員に何があったか調査せず、船の点検も補給もしないで出発。仮に今は動いてたとしても長旅に出る前には可能な限りの点検修理くらいしないか?宇宙空間で故障したら、そのまま死ぬ可能性大なんだぞ。
・未知の異星生物を検査もせずに生で丸かじり。毒物の話は抜きにしても、寄生虫や雑菌が恐くないのか。あなたはカエルの卵やナメクジを生で食べられますか?ジャガイモや豚肉だって生では食わんぞ。フグみたいに加熱しても猛毒な奴もいる。既知の地球生物なら猛毒を持つ動物はだいたい知られているが、毒を持つ宇宙生物一覧なんて情報はない。
・安全確認もされてない未知の惑星の大気に皮膚をさらし、防毒マスクもなしで呼吸する。気圧も酸素濃度も十分で、有毒な気体はナシ。人間なんて二酸化炭素濃度が高すぎるだけで中毒死するというのに。
・未知の異星生物に生身で素肌に直に触れる。その後も健康検査ひとつしない。地球でも蚊に刺されただけてマラリアなどの病気に感染する可能性があるというのに。医者もEMHもいないし薬もない(アストラ号にあったとしても、とっくに使用期限が切れてる。持ってるとしたら手荷物に同封していた常備薬程度。)孤立無援の状況下では、たかが食中毒でも命取り。
・後になってから可食性判定機なんてものが、子供の手作りで作られる。「こんなこともあろうかと」と長年研究していても作れないようなオーバーテクノロジーなのに。逆にもしこの時代の技術で簡単に作れるなら、最初からサバイバルキットとして標準装備されていただろう。
・スケジュールは常に綱渡り。全力航行で30日予定の行程に対し、水と食料はギリギリ30日分。え?なにかおかしくない?SF関係なくサバイバルものとしても。
・しかもその宙域はろくに調査もされてない、ほぼ前人未踏の宙域。そこには人類の想像を絶する、未知の障害や生命が待ち受けてるかも知れない。進路上に航行不能な宙域があって遠回りを強いられるかも知れないし、そこに生息する全生物の血液が人類にとって猛毒で、食糧の補給が絶望的という惑星だってあるかもしれない。水と食料がギリギリの綱渡りでの回り道は、僅か数日でも冷たい方程式。

これが仮に真だとしても科学的な矛盾点はないのでSFとしては問題ない。問題があるのは脚本である。

例を挙げれば三十日の行程に三十日分の食料しか持っていかないのはいくらなんでも設定がガバガバすぎる。

不慮の事故や遅れなどが想定される宇宙旅行であれば日程の倍はおろか三倍以上あっても全く問題ないだろう(もちろんそれで重量オーバーになってはダメだが)。なのにギリギリしかもっていかないというのはさすがにどうかしている。

繰り返すが、このレビューが本当だとしてもSF自体には問題がないので、やっぱり彼方のアストラはSFなのだろう。

ただし、脚本があまりに現実離れしているせいで設定を真面目に考えていたとしても台無しになっている感は否めない。

正直、多くの視聴者が違和感を抱くのはSF考証における矛盾(さっきのヤマトの煙が上に登る問題)よりも、こういった現実的な心情・行動といった設定の杜撰さであるような気がする。

なので彼方のアストラはSF失格というよりはそれ以前のところでコケてしまっている気がしますね。よって、これだけでSFが衰退化したというのは些か早計だと思います。

もちろんココに書いたことはこのレビューが正しいことが前提なので、これから見てみようと思います。